精神科に初めて行った29歳の記録|発達障害(ASD・ADHD)かもしれない僕の初診体験

ASD/ADHD
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はじめに

この記事では私の実際の体験をもとに書いております。
「精神科・心療内科に行くべきか迷っている」「怖くて踏み出せない」そんな方が、受診を考えるうえでの材料になればと思い書きました。

※この記事は医療アドバイスではなく、あくまで個人の体験談です。


「精神科に行くのが怖い」
「自分がADHDやASDかもしれない。でも認めたくない」

この記事は、そんな気持ちを10年以上抱えたまま逃げ続けていた私が、29歳で初めて精神科に行った日の記録です。

結論をお伝えすると、初診は“スッキリ”でも“安心”でもなく、言葉にできないぐちゃぐちゃした感情が残りました。

それでも、逃げ続けていた場所に自分の意思で行った事実は、確かに残りました。
そして、自分自身との向き合い方を、改めて考えさせられました。

ASD・ADHDかもしれないと思いながら、10年逃げ続けていました

正直に言うと、精神科や心療内科に行くことは10年以上前から頭の片隅にありました。

ADHD、ASD、PTSD、うつ病。
どれか一つではなく、「もしかしてこれも?」と順番に疑いが増えていった感覚です。

最初に「ADHDなのでは」と思ったのは、18歳のときでした。
幼馴染に相談すると、

「誰かに言われたの?そんなこと考えてもしょうがないでしょ。あなたはあなたなんだから!」
そう言われ、当時は深く考えませんでしたが、どこかにモヤモヤだけが残りました。

23歳のときには、母との喧嘩がきっかけで「ASDかも」と思うようになりました。

「あなた、普通は察するようなことが分かってないみたい。何かの障害系かもしれない」
はっきり言われましたが、そのときの私は受け止められず、聞き流してしまいました。

さらに26歳のとき、仕事の同僚との雑談で「PTSDという言葉」を現実味を持って聞きました。

「喉元まできた言葉が詰まって出ないのは、PTSDの特徴として見られることもありますよ」
過去の“言葉が出なくなるタイミング”を思い返すと、妙に納得してしまったのを覚えています。
ただ、トラウマは過去のことだと思っていて、そのときは深く向き合いませんでした。

そして29歳のとき、友人に言われた言葉が決定打になりました。

「お前はADHDもASDもあると思うし、それでうつにもなってるだろ」
その言葉は最初、重くのしかかりました。

それでも病院には行けませんでした。
というより、逃げていました。
疑いが出ては消え、消してはまた浮かぶ。その繰り返しでした。


病院から逃げ続けていた理由は「偏見」と「認めたくなさ」

逃げた理由は、はっきりしています。
認めたくなかったことと、偏見があったことです。

「気の持ちようでどうにかなる」
「甘えているだけだ」
「普通のことを普通にできるようになるだけ」

とくに私の周りでは、こういう考え方が当たり前のようにありました。
私自身も言われ続けるうちに、そう思い込むことで、どうにか自分を保っていました。

もっと正直に言えば、心の病気や発達特性そのものに対して偏見が強かったんです。
同時に、そうなってしまう自分を心底恐れていました。

そして、見ないふりを続けるうちに、少しずつ考え方が偏っていきました。
「自分が正しい」「考え方が違う人はおかしい」
そんなふうに思い込むようになっていきました。

自分を中心に考え、合わない人とは付き合う必要がないと思うようになりました。
そうしているうちに、友達ができては失うことを繰り返し、友達と呼べる人はほとんどいなくなりました。

だからこそ、病院に行くという選択は「怖い」以前に、自分の価値観が崩れる感覚があって避けていました。


病院に行く決断をしたきっかけは、友人の一言と職場での経験でした

決定的な理由は一つではありません。
ただ、最後に決定打をくれたのは友人の河野(仮名)でした。

河野は、元奥さんがASD・ADHDの診断を受けていたことがあり、私の様子と重ねて見ていたのかもしれません。
だからこそ2年前から、「病院に行ったほうが楽になる」と言い続けてくれていました。

それと同時に、日常生活の中で、自分とよく似た症状を持っていそうな人が少しずつ目に入るようになりました。
「あれは、自分と同じではないか」
そう感じる場面が増えていったんです。

もう一つ、職場での出来事もありました。
田中(仮名)さんという年下の人がいて、私に対して投げかけてくる言葉に傷つけられることがありました。

ただ、田中さんに悪気がないことも分かっていました。
そのときにふと浮かんだのが、
「もしかして、自分も同じように誰かを傷つけてきたのかもしれない」
という考えです。

そんな経験が積み重なったところに、河野から決定的な一言を言われました。
「お前は障害だ。うつもあるし、早く病院に行ったほうがいい」

その言い方はきつくて、最初は不安より先に怒りが込み上げてきました。
悔しさと怒りが落ち着いた直後、今度は
「もしかしたら本当にそうなのかもしれない」
という疑念が湧き上がってきました。

職場での体験、似た症状を見かける機会、そして身近で症状を見てきた友人の言葉。
全部が噛み合って、逃げ続けてきた現実から目を背けられなくなりました

そして私は、その日のうちに予約画面を開きました。


予約をするまでも大変でした

決断した直後、河野に勧められた病院をそのまま予約しました。

でも、すぐに取り消しました。
その後は、予約画面を開いては閉じ、電話をかけようとしてはやめて、を何度か繰り返しました。
行くのが怖くて、予約を入れた瞬間に現実味が出てしまったんだと思います。

それでも最終的に予約を入れて、当日、病院まで行きました。
受付を済ませて番号札を受け取った瞬間、「もう戻れない」と思いました。
同時に、「ここからが戦場だ」と勝手に臨戦体制に入るような感覚もありました。

そして待合室の椅子に座ったとき、抑えていた感情が一気に噴き出しました。


病院に入った瞬間から診察まで、感情がどう動いたか

病院に入り、待合室に座った瞬間、これまで抱えていた感情が一気に押し寄せました。

「一緒にされたくない…」

最低な感情だと思います。
でも、これが当時の正直な気持ちでした。
それほどまでに、「認めたくない」という感情を強く持っていたんだと思います。

その感情とは裏腹に、なぜか少し落ち着いている自分もいました。
「自分と同じ苦しみを抱えている人が、ここにもいるのかもしれない」
そう考えた瞬間、“自分だけじゃない”という事実が、妙に落ち着きをくれました。

しばらくして名前を呼ばれ、診察室に入ったときの自分は少し意外でした。

緊張も、不安も、恐怖も、ほとんど感じませんでした。
スッキリした感覚もありません。

強いて言えば、感情はほぼ「無」に近い状態でした。
淡々と、これまでの症状や現在の状態、今後に対する不安を話しただけです。

先生は丁寧に話を聞いてくれていました。
それでもどこかで、「疑われているのではないか」「信じてもらえないのではないか」と感じてしまう自分がいました。

そして、診断テストを勧められ、そのまま受けることになりました。

診断テストの結果は「診断なし」。残ったのは別の感情でした。

ADHD、ASD、うつ病に関する診断テストも受けました。

特別なことをしたわけではありません。
質問に対して、思った通りに答えただけです。
そしてこの日の結果としては、診断は出ませんでした。

診察料は、テスト代を含めて7000円ほどでした。
正直もっと高額になると思っていたので、そこは意外でした。

ただ、金額の問題ではありませんでした。

これまでに、身近な人や友人、その家族が「初診の日に診断を受けている」のを見てきました。
そのため、こんな考えが頭から離れませんでした。

「自分は思い込みでADHDやASD、うつ病だと思っているだけなのではないか」
「先生は、僕のことを疑っているのではないか」

不快でもない。不安とも少し違う。恐怖でもない。喜びでもない。
言葉にするのが難しい、胸を締め付けられるような“ぐちゃぐちゃした感覚”だけが残りました。

その中でも、特に残ったのは次の気持ちです。

マイナス面

・自分は本当に何らかの障害なのではないかという不安
・何も診断がされなかった不安

プラス面

・苦しんでいるのは自分だけじゃない、と思えたこと

どちらも、私の心に重く残りました。


まとめ|それでも次に進むしかない。これはまだ途中経過

次回の診察は1週間後に予定されています。
結果の説明と、薬が処方される予定です。

正直、今も安心できていません。何も解決していません。
それでも、10年以上逃げ続けていた場所に、自分の意思で足を運んだ。
その事実だけは残りました。

これは結論ではありません。まだ途中経過です。
ただ、この出来事を記録することで、少なくとも「なかったこと」にはせずにいようと思います。

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